米軍基地撤去・・・フィリピンにできて日本にできないはずはない!!

09年12月16日 | とし子からの手紙 | コメント1通

dscn0735.JPG「こうして米軍基地は撤去された!・・・フィリピンの選択」という本がある。赤旗記者でマニラ特派員だった松宮敏樹さんが書いた本だ。

1992年にフィリピンは米軍基地を撤去した。その経過を目の当たりにした松宮氏がつづったものである。これを読むと、日本でも必ずできる・・・と確信を持てる。

普天間基地撤去はできる!!と私は思う。政権がかわった今こそ実現するべきときだ。結論は先送りされたとの報道があるが、国外撤去以外にない。

フィリピンの上院は、1991年8月27日に「米比新基地条約の批准否決にかんする決議」を可決した。その1年後に米軍基地は撤去されたのである。その際、12人の議員が演説をしている。それが、実に熱い!!情熱と信念を持ったものばかりで感動する。ジョセフ・エストラーダ氏の演説の一部を紹介すると・・・。

「アメリカに対して言う。われわれは、みずからの信念を貫くだけの勇気を持っているが、国民を裏切るような勇気はない。国際社会で、フィリピンは物乞いの国、売春の国、詐欺師の国、出稼ぎの国といわれてきた。もし、われわれが今日、みずからを主張できないならば、われわれは臆病者の国として知られてしまう。これを、わたしは受け入れることができない。これを、われわれは受け入れてはならないのだ。・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・この苦しい選択に、われわれ上院議員は、自身の政治生命をかけた。基地が撤去されて、職を失う人もいるだろう。しかし、これは、一時的なものだ。

太陽はまたのぼる。そして、新しいフィリピンが生まれる。」

フィリピンの国民にできて、日本国民にできないはずはない。この狭い日本の国土に100箇所以上ある米軍基地をひとつ残らず撤去したい!!

新しい日本を産み出さなくてはならない。そうでなければ、政権を変えた意味がない!!

朝がくる・・ということ

09年12月14日 | とし子からの手紙 |

夜が明ける。今日も朝を迎えることができた。目が覚める。何も変わりがなかった。よかった・・・!と思って起床し、義母の呼吸状態をみる。胸の上下を注意深く観察する。息をしてる・・・と確認して、ほっとする。

そんな毎日が続いている。そばにいると安心する。

家族の見守るなかで安らかに逝かせてあげたい。あなたを大切に思っているということが伝わるように・・・。最後まであなたらしく・・・・。緩和ケアの「意味」がわかる気がするこのごろである。

在宅緩和ケア

09年12月12日 | とし子からの手紙 |

dscn0722.JPG義母の在宅緩和ケアをはじめてかれこれ1ヶ月が経とうとしている。

下血して以来、やはりだんだんと衰えが目立つ。それでも金曜日には訪問看護で入浴して「よかった!」と満足そうであった。それに先立って、木曜日には風呂に入るために点滴をしてもらった。それが良かったみたい・・・・。

一日の半分をトイレに坐っていたのに、今は一日4?5回だ。食欲が落ち、食べない。好物を少しだけでも・・・と運ぶが、一口か二口ほどを口にはこぶだけだ。一日中ウトウトしている。ポータブルトイレには起き上がるが介助が必要になってきている。

義母が、「何もできん様になってしもうて・・・。ありがとう・・・」と辛そうにいう。「今まで全部一人でしてきたんだから、病気のときは世話させてね・・・」と私がいう。

人の世話にならないようにというのが義母の信条だっただけに、悔しさいっぱいなのである。愛おしさがこみ上げる・・・。

時々痛そうに顔をしかめるけれど、ほとんどウトウトしているから痛みは朝夕の薬でコントロールできていると思われる。

その後出血はないが、今度の出血は命取りになりそうだから、要注意。

風呂に入った金曜日以来、呼吸が不規則であり気にかかる。でも、声をかけると、きちんと返事をしてくれる。いつも家族の誰かがそばにいる。

義父の位牌に手を合わせて、「苦しくないように、眠るようにおじいちゃんのところへいけますように・・・」と頼んでいる。自分が看護師で、義母の役にたててうれしい・・・と心底思っている。

紅マドンナ

09年12月12日 | とし子からの手紙 |

dscn0734.JPG「紅マドンナ」というみかんがある。おいしい!!

愛媛県の売り出し中のみかんだが、傷みやすく扱いに注意しなければならない。実家から送られてきたが、ひとつひとつ紙でくるまれていた。

ひとつひとつに農家のどれだけの苦労が詰まっているのか・・・と思うと、口にするのが申し訳ないようだ。でも、おいしい!!ぜひお試しあれ!!

農家のこうした苦労に応える農政でなければならない。

苫田ダムの水増やしません!

09年12月11日 | とし子からの手紙 |

dscn0719.JPG岡山市の水源は、旭川が79%、苫田ダムの水(県広域水道企業団)は12,7%・・・である。苫田ダムは日量40万トンの巨大ダムで、利水は40%を占めるが、一期工事分の岡山市分の取水予定量は10万トンだ。平成17年にダムは完成し、現在義務的取水を含めて43500トンを取水している。その受水費は年間20億円・・・。水道料金の引き上げを余儀なくされた。

苫田ダムは、総工費約2034億円、市負担は140億円かかり、今でも毎年1億6300万円を負担金や出資金で支出している。

市はもともと45000トンの吉井川の取水権を持っていたから今でもその取水権で間に合っていたことになる。独自に水源開発をしたほうが安くて済んでいた・・・とつくづく思うし、そのように主張し続けたことの正しさを確信している。

さて、それゆえ苫田ダムからの取水を増やすと水道料金は上がることになる。今でも広域水道企業団は、余水を日量10万トン抱え、県は毎年6億円で穴埋めをしている。岡山市は、不要な水を買わないように釘を刺さなければならないと考え、5万トンに計画では増やす予定の2010年を前に、質問で取り上げた。

答えは「受水は増やしません!」ときっぱり!!これで、水道料金の値上げはない。ほっとしていた・・。

中区「なかよく」

09年12月10日 | とし子からの手紙 |

dscn0732.JPG12月6日に中区役所で産直市がはじめて催された。

中区は、な・か・よ・く・・・である。dscn0731.JPG高島のお飾りつくりには行列ができた。平井、三幡農協は旬の野菜、雄町の日本酒もあった。

中区は住んで本当にいいところだ。そのために必要な環境整備を進めたい。だから、調整区域の農地を転用して、「民間業者」に委ねる乱開発は許してはならない!!と思うのである。

似て非なるもの?・・・市民病院と(仮称)岡山総合医療センター

09年12月9日 | とし子からの手紙 |

dscn0718.JPG天瀬にあるのは市民病院、今度北長瀬につくるのは岡山医療センター。市民病院を立替するのかと思いきや「違う」との答弁。つまり、岡山型ERを併設する岡山医療センターは別ものだというのだ。400床の病院は新しくつくることはできない。つまり、市民病院を「移転立替する」のに、そういわないのはなぜか・・・・。

市立でやるとは限りませんよ・・・ということだろうか。ともかくも、地元住民や職員の声を聴かずにことは進むはずはない・・・。